紀伊半島豪雨から6年、新宮市などで慰霊祭

2017年09月03日 17時22分 ニュース, 社会, 防災

全国で100人近い死者・行方不明者を出した紀伊半島豪雨から6年となり、多くの犠牲者が出た新宮市と奈良県五條市で、きょう(3日)、慰霊の催しが行われました。

このうち新宮市熊野川町の熊野川沿いにある道の駅「瀞峡(どろきょう)街道・熊野川」では、新宮市の田岡実千年(たおか・みちとし)市長らが慰霊碑に花を供え、犠牲者の冥福を祈りました。田岡市長は、「亡くなられた方々の無念の思いを忘れることなく、今後も災害に強いまちづくりに全力で取り組む」と話しました。

足が不自由で、自力で高台に行くことができなかった、当時75歳だった母を、この災害で亡くしたという、石川県から訪れた61歳の女性は、「電話を通じて聞いた―水が胸の高さまできた―が最後の言葉となった。もしあの時、私がいればと後悔している。どんな気持ちで最期を迎えたのか。冷たかったやろね」と涙を流しながら母に語りかけ、献花台で祈りをささげていました。

奈良県五條市の被災地でも、地元自治会が犠牲者を追悼し、行方不明者の早期発見を願いました。

この災害は、2011年9月の台風12号による豪雨災害で、台風の動きが遅く、上陸後も大型の勢力を保っていたため、紀伊半島を中心に広い範囲で記録的な大雨が降り、各地で山の斜面が岩盤ごと崩れる「深層崩壊(しんそうほうかい)」が多発したほか、道路や橋が寸断され、川が土砂でせき止められる「土砂ダム」が発生し、集落の孤立が相次ぎました。

これにより、被害は広範囲に及び、和歌山県で56人、奈良県で15人が死亡するなど9県で83人が死亡し、15人が行方不明となっています。また、気象庁が発表する「特別警報」創設の契機にもなりました。