徳本上人200回忌大法要で総本家駿河屋の落雁が特別記念品に(写真付)

2017年10月06日 20時18分 ニュース, 社会, 経済

日高町(ひだかちょう)出身の僧侶で、江戸時代に念仏を唱えながら全国を行脚(あんぎゃ)して庶民を救った、徳本上人(とくほんしょうにん)の200回目の命日に当たるきょう、東京都文京区(ぶんきょうく)にある浄土宗の寺院で大法要が営まれ、和歌山市の総本家駿河屋(そうほんけ・するがや)特製の落雁(らくがん)が、特別記念品として参列者に配られました。

今回作られた落雁(※写真提供・総本家駿河屋)

法要が営まれたのは、文京区千石(せんごく)の天暁山一行院(てんぎょうざん・いちぎょういん)です。

東京都の指定旧跡・一行院は、庶民をはじめ徳川将軍家からも厚い信仰を受けた徳本上人のために、11代将軍・家斉(いえなり)が再興した浄土宗の寺院で、1818年・文政元年の10月6日、徳本上人は一行院で61年の生涯を閉じ、遺体も境内に葬られています。

きょう、一行院で200回忌の大法要が営まれたのに先立ち、八木千暁(やぎ・せんぎょう)住職が、故郷・和歌山の総本家駿河屋に徳本上人の名号(みょうごう)が入った落雁の製造を依頼しました。

総本家駿河屋は、徳本上人の直筆を転写した、丸みを帯びた「南無阿弥陀仏(なむあみだぶつ)」の文字の木型を作り、紅白の落雁を、きょうの法要の特別記念品として一行院に納め、参列者に配られたということです。

総本家駿河屋では「煎餅などの焼き印を作ることはたびたび有りますが、落雁の木型を新しく作るのは大変珍しく、遠く離れた江戸と紀州を結ぶご縁に深く感謝しています」と話しています。

八木住職は「今後も法要などで総本家駿河屋の落雁を用いたい」と話しています。