元・釜石市防災課長が紀の川市職員に体験語る(写真付)

2018年02月02日 20時47分 ニュース, 政治, 防災

東日本大震災の被災地のひとつ岩手県釜石市(かまいしし)で、震災当時、市の防災課長を務めていた男性が、きょう(2日)紀の川市役所を訪れ、職員らに当時の様子を語りました。

佐々木さんの講演のもよう(2月2日・紀の川市役所南別館)

これは、総務省消防庁の「災害伝承10年プロジェクト」の一環として東日本大震災の教訓を伝えようというもので、2011年3月11日の東日本大震災の発生当時、釜石市の防災課長を務めていた佐々木守(ささき・まもる)さん63歳が、大津波で被災した直後の釜石市内の様子や、停電で薄暗い災害対策本部などをとらえた写真をスライドで紹介しました。

釜石市では、高齢者を中心に888人が死亡、152人が行方不明となったほか、沿岸部の住宅や公共施設、公共インフラが流されるなど、甚大な被害に見舞われました。

この中で佐々木さんは、当時、多くの釜石市民が津波警報に慣れきっていたために避難が遅れ、津波の犠牲になったことや、停電で市役所の機能がマヒ状態のなか、膨大な情報の把握や、避難所の運営だけでなく、遺体の処理、ガソリン不足による騒乱など、混乱への対処を求められ続けた壮絶な状況を振り返りました。

講演する佐々木守さん

その上で佐々木さんは、職員に対し「市の地域防災計画は何も役に立たなかった。巨大な防潮堤は引き波でもろくも倒れ、国や県、マスコミの情報も鵜呑みにしては危険。しかし、市民を死なせては行政は負けだ。だから、まずは市民が

自分で判断してすぐに逃げることを、訓練や子どもへの教育で徹底して身につけさせるなど、ソフト面の強化に行政が力を入れるべき」と強く訴えました。