「会津藩士・山川浩の縁に感謝」会津若松市長が御坊市長訪問(写真付)

2018年05月18日 20時07分 ニュース, 政治, 社会

「鳥羽伏見(とば・ふしみ)の戦い」で敗れて御坊市(ごぼうし)に落ち延び、手厚い看護を受けた会津藩士・山川浩(やまかわ・ひろし)との縁に感謝の意を伝えようと、福島県会津若松市(あいづわかまつし)の室井照平(むろい・しょうへい)市長が、このほど、御坊市の柏木征夫(かしわぎ・いくお)市長を表敬訪問し、お互いの交流促進を確認しました。

柏木御坊市長(左)と握手を交わす室井会津若松市長(右)(5月16日・御坊市役所・※御坊市提供)

会津藩士・山川浩は、戊辰(ぼしん)戦争の激戦地のひとつ、明治元年・1868年1月の鳥羽伏見の戦いで敗れ、ともに戦った会津藩士1800人あまりと、京都から御坊・日高地方へ落ち延びました。

そのとき、病気になった山川は、御坊市で旅館を営んでいた中野家(なかのけ)で手厚い看護を受けたことに感謝し、持っていた会津塗(あいづぬり)の椀や九谷焼(くたにやき)の大皿を、礼状とともに中野家に贈って交流を深めました。

戊辰戦争から150年となったことし(2018年)1月、山川のお礼の品々が中野家から会津若松市に寄贈されたことを受け、室井市長が「今度は御坊市へお礼に行きたい」と希望しました。

そして、和歌山市で今月(5月)16日に開かれた「ジャパン漆サミット」に参加した室井市長が、この日の夕方、御坊市役所の柏木市長を表敬訪問し「戊申150年の節目に価値ある品を有難うございます。特別展を開いて山川の品を展示しています」とお礼を述べました。

懇談する両市長(※御坊市提供)

柏木市長は「今度は私が会津若松へ行きたい」と応じました。

山川浩は「会津の知将」として名高く、戊申戦争で、郷土芸能の「彼岸獅子(ひがんじし)」の出で立ちで敵をあざむき、堂々と鶴ヶ城(つるがじょう)へ入城したエピソードは、いまも「白虎隊(びゃっこたい)」の映画やドラマで紹介されています。

山川は、のちに陸軍少尉や、現在の筑波大学にあたる東京高等師範学校の校長などを歴任しています。