地元の戦跡を子ども達へ 美浜町の小学校で戦争の授業(写真付)

2018年09月10日 20時21分 ニュース, 社会

過去を知り、将来、戦争のない世を作っていくための勉強として、子どもたちに太平洋戦争の話を聞かせる取り組みを行っている美浜町の町立和田小学校でこのほど(9/7)、日高地方に残る戦跡を調べている男性が教壇に立ち、子どもたちに、今も残る戦争の爪痕を紹介しました。

教壇に立ったのは、美浜町和田の三宝寺(さんぽうじ)の住職で美浜町文化財保護審議会委員の湯川逸紀(ゆかわ・いつき)さん67歳です。

子どもたちに語りかける湯川さん

湯川さんは、2年前から本格的に調査を始め、これまでに美浜町や御坊市など、日高地方に残されている地下壕やトーチカなど、太平洋戦争時代の遺物を探し出し、資料にまとめて戦争について語る集会などで講演しています。

今回は、湯川さんの活動を知った小学校からの依頼で教壇に立ちました。

7日の午前10時半から、音楽教室で行われた授業では、4年生から6年生までおよそ70人の児童を前に湯川さんが戦争遺跡の写真などを見せながら話を進めました。

湯川さんは、自ら住職を務める三宝寺がある地元・美浜町和田の入山(にゅうやま)には、戦時中に地下壕が張り巡らされ、当時、煙樹ヶ浜から上陸してくるアメリカ軍を想定して自爆訓練が行われていたことや、飛行場の建設が予定されていたことなどを紹介しました。

授業を受けた児童のうち、6年生の岡省吾(おか・しょうご)くんと中西晶萌(なかにし・あきほ)さんは、「小学校の近くに飛行場が造られそうになったと聞いて驚きました」「こんなにたくさんの戦争の遺跡が残されているとは知らなかった」と話し、「美浜町に戦争の資料館を作れば、そうした話を集めてみんなに知らせられると思う」と提言していました。

授業を終えた湯川さんは、「子どもたちの反応がとてもよくてほっとしました。この地は、戦争と無縁だったどころか、終戦直前には重要拠点だったのだと感じています。沖縄のような悲劇が、ここでも起きる可能性があっただけに、これからも戦争を起こしてはならないと子ども達に訴え続けたい」と話しました。

湯川さんを招いた美浜町立和田小学校の西端成太郎(にしばた・せいたろう)校長は、「身近にたくさんの戦争遺構があることを再認識したので、ほかの職員にも周知していきたい」とした上で、「来年も湯川さんに来てもらいたい」と話していました。