台風12号から1年・新宮市で犠牲者追悼式(写真付き)

2012年09月02日 17時05分 ニュース, 社会, 防災

和歌山県内で死者56人・行方不明者5人を出した、去年(2011年)9月の台風12号による紀伊半島豪雨から1年となるきょう(2日)、新宮(しんぐう)市で犠牲者の霊を慰める追悼式が営まれました。

 

犠牲者の霊に手を合わせる田岡市長(9月2日・新宮市熊野川町にて)

去年の紀伊半島豪雨で、新宮市では土砂崩れなどで13人が死亡、1人がいまも行方不明になっているほか、建物の全壊が87棟、半壊が237棟、床上浸水が1447棟、床下浸水が1166棟にのぼりました。

上流で降ったおよそ2000ミリもの雨によって熊野川が氾らんし、市内は大規模な浸水被害に見舞われました。

また被災直後、道路や鉄道が寸断されて一時孤立したほか、上水道施設の故障による断水もありました。

 

寺本町長(9月2日・新宮市熊野川町にて)

追悼式は、きょう(2日)午後1時半から、新宮市熊野川町田長(たなご)の道の駅「瀞峡(どろきょう)街道 熊野川」で、新宮市の田岡実千年(たおか・みちとし)市長や、那智勝浦町(なちかつうらちょう)の寺本眞一(てらもと・しんいち)町長、それに犠牲者の遺族らおよそ200人が参列して営まれ、全員で黙とうを捧げたあと、慰霊碑の前に花を手向けて冥福を祈りました。

 

遺族代表あいさつをする宇井さん(9月2日・新宮市熊野川町にて)

続いて、父の弘(ひろし)さんを豪雨で亡くした熊野川町の宇井淳(うい・あつし)さんが遺族を代表して「犠牲者の悲しみを思うと言葉になりませんが、悲しんでばかりもいられません。この災害の教訓を風化させず、後世に語り継がねばなりません」とあいさつしました。

 

大前幸子さん(9月2日・新宮市熊野川町にて)

また、新宮市相賀(おうが)で商店とともに川に流されて奇跡的に助かった一方、いまも母親が行方不明となっている大前幸子(おおまえ・さちこ)さんは「1年は本当に早かったです。9月3日と4日のことは死ぬまで忘れないです。母のお陰で生かして頂いています。これからは自分の好きなように楽しく生きていきます」と話していました。

 

なお、豪雨からまる1年を迎えるあさって(4日)には、那智川の土石流などで死者28人、行方不明者1人を出した那智勝浦町でも慰霊式典が営まれるほか、和歌山県庁でも本庁に半旗が掲揚され、正午に職員全員で黙とうをささげます。