和歌山市で夏目漱石の手紙と短冊発見(写真付)

2014年06月10日 19時25分 ニュース, 社会

小説「坊っちゃん」や「吾輩は猫である」などで有名な明治の文豪・夏目漱石(なつめ・そうせき)が、尋常中学校の教員時代に元・同僚の男性に宛てて書いたとみられる手紙と短冊が和歌山市で見つかりました。

漱石直筆の手紙と短冊の掛け軸(6月10日・和歌山県庁南別館にて)

漱石直筆の手紙と短冊の掛け軸(6月10日・和歌山県庁南別館にて)

きょう(10日)午前、愛媛県尋常中学校で漱石と同僚の教員だった、和歌山市の故・猪飼健彦(いかい・たけひこ)さんのひ孫で、大阪府阪南市(はんなんし)の主婦・松田智子(まつだ・ともこ)さんが、和歌山県庁で記者会見して明らかにしたものです。

掛け軸を説明する松田智子さん

掛け軸について説明する松田智子さん

松田さんによりますと、先月(5月)松田さんが和歌山市の実家で片付けをしていたところ、押し入れからラワン材の箱に入った掛け軸が見つかり、漱石が猪飼さんに宛てて書いたとみられる手紙と短冊が貼られていたということです。

猪飼健彦さん

猪飼健彦さん

掛け軸は松田さんの父親が保管していたもので、手紙は、明治29年(1896年)か明治30年(1897年)ごろ、漱石が愛媛県尋常中学校から、熊本県第五高等学校へ転勤する際、猪飼さんが漱石にお別れの挨拶に行ったものの、不在だったことを詫びる返事とみられます。

短冊・左側が未発表の俳句

短冊・左側が未発表の俳句

手紙の文末

手紙の文末

手紙の文末には俳句1句が書かれているほか、別の俳句2句をしたためた短冊2枚も含まれ、このうち短冊に記された「死にもせで 西へ行くなり 花曇」と、手紙の文末の「花の朝 歌よむ人の 便り哉(かな)」の2句はいずれも未発表の俳句だということです。

松田さんは、朝日新聞社を通じて東京の国文学研究資料館の野網摩利子(のあみ・まりこ)助教に鑑定を依頼し、すべて漱石の直筆と確認されたということです。

松田さんは「貴重な資料をとても家では保管できないので、皆さんに見てもらえるよう適切な所へ寄贈したい」と話しています。