板東三津五郎さん死去 日高川町・道成寺にも悲しみ(写真付)

2015年02月23日 19時33分 ニュース, 社会

板東三津五郎さんの死去の報道から一夜明け、7年前(2008年)三津五郎さんが舞台の成功祈願のため初めて訪れた道成寺(どうじょうじ)のお膝元・日高川町(ひだかがわちょう)でも、悲しみの声が聞かれました。

7年前道成寺を初参拝した坂東三津五郎さん(※日高川町提供・2008年11月13日)

7年前道成寺を初参拝した坂東三津五郎さん(※日高川町提供・2008年11月13日)

当時、副住職として三津五郎さんを案内した道成寺の小野俊成(おの・しゅんじょう)住職は「残念です。病気が一段落して再び舞台を拝見出来ると思っていました」と述べました。

三津五郎さんをしのぶ小野住職

三津五郎さんをしのぶ小野住職

小野さんは「三津五郎さんは道成寺の石段を踏みしめながら、初めて演じる「京鹿子娘道成寺(きょうがのこ・むすめどうじょうじ)」の見せ場のひとつ「乱拍子(らんびょうし)」の所作を体得しようとしていました。過去に「奴道成寺(やっこどうじょうじ)」は何度も演じられていましたが「京鹿子~」は初めてとあって、大変な責任感を持って臨んだのでしょう」と語り、芸事に対して真摯な姿勢を見せた三津五郎さんを偲んでいました。

一方、当時、日高川町長として歓迎式典であいさつをした笹朝一(ささ・ともかず)さんは、きのう(22日)テレビで三津五郎さんの訃報を知り、「大変驚きました。まだこれからの人なのに」とショックを受けていました。

歓迎式典のあいさつ原稿を取り出す笹元町長

歓迎式典のあいさつ原稿を取り出す笹元町長

笹さんは、きょう午後、日高川町内の自宅で和歌山放送の取材に応じ、歓迎式典で使った自筆のあいさつ文の原稿用紙や、三津五郎さんの初参拝を伝える新聞の切り抜きなどを眺めながら「三津五郎さんのような名士が道成寺を参拝し大切に思って下さったことは日高川町の誇りでした。私も町民もこのことがきっかけで、歌舞伎と道成寺への愛着が深まりました」と話していました。