串本で友好行事、雨で中止や変更も(写真付)

2015年06月03日 10時27分 ニュース, 政治, 社会

125年前、串本町沖であったオスマン・トルコの軍艦「エルトゥールル号」遭難事故の追悼行事が、串本町で行われています。

きのう(2日)は、トルコ・メルシン市の友好訪問団が、和歌山県庁に下宏(しも・ひろし)副知事を表敬訪問したほか、串本町では、オスマン軍楽隊の記念コンサートも開かれ、串本町を訪れている三笠宮家の彬子(あきこ)さまも出席されました。

きょう(3日)午前9時半からトルコの軍艦「ゲディス゛」で行われる予定だった追悼式典は、悪天候のため中止になりました。午後2時すぎからの樫野崎の慰霊碑前で予定されていた追悼式典は、場所を町文化センターに移して行われることになり、彬子さまやトルコのボスタノール海軍総司令官、メリチ駐日大使、仁坂吉伸(にさか・よしのぶ)和歌山県知事らが出席します。

追悼式典が予定されていたエルトゥールル号慰霊碑前(串本町大島/6月3日朝)

追悼式典が予定されていたエルトゥールル号慰霊碑前(串本町大島/6月3日朝)

夜は串本ロイヤルホテルで、エルトゥールル号の銅像除幕式が行われます。

洋上式典のため来航したトルコのフリーゲート艦「ゲディス」(6月3日串本町大島近くで)

洋上式典のため来航したトルコのフリーゲート艦「ゲディス」(6月3日串本町大島近くで)

また明日は、午後7時から串本文化センターで記念シンポジウムが開かれ、語り部で文化庁の文化交流大使の平野啓子(ひらの・けいこ)さんの講演や、日本・トルコ合作映画「海難1890(いちはちきゅうぜろ)」監督の田中光敏(たなか・みつとし)さんらがパネルディスカッションを展開します。

エルトゥールル号は、1890年明治23年9月、明治天皇に親書を届けた帰途、串本町大島沖で台風に遭遇して沈没しました。この事故で500人以上が死亡しましたが、地元住民の救助活動で69人が救助され、地元の人たちは今も、亡くなった人たちの慰霊を続けています。

そしてこのことが、日本とトルコの友好の発端となりました。