「友情の発端、引き継ぐ」串本でエルトゥールル号追悼式典(写真付)

2015年06月03日 18時43分 ニュース, 社会

串本町大島沖で、当時のオスマントルコの軍艦「エルトゥールル号」が沈没してから、ことしで125年になるのを記念し、きょう(3日)、串本町で追悼式典が開かれ、犠牲者を悼むとともに、両国の友好と絆をさらに深めました。

近畿地方に梅雨入りが発表されたこの日、串本町内は、明け方を中心に、ほぼ丸一日断続的に強い雨が降り、風も強く、朝から予定されていたトルコ軍艦「ゲディズ」での洋上式典が中止されたほか、午後から大島の慰霊碑前で開催予定だった式典も町内の文化センターに場所を移して開かれ、およそ600人が出席しました。

慰霊碑の映像が、プロジェクターで舞台のスクリーンに映し出され、それを見守るように両国の国旗が掲揚される中で始まった式典では、まず、犠牲者らに黙とうがささげられました。

黙祷する式典参加者

黙祷する式典参加者

式典に臨席された日本・トルコ協会総裁の彬子(あきこ)女王殿下は、イラン・イラク戦争時の1985年、テヘラン空港に取り残された日本人をトルコ航空が救出したエピソードを紹介した上で、「父は、『およそ100年を経て、海で受けた恩を空で返すとはトルコの人は粋だよな』とおっしゃっていた」と在りし日の三笠宮(みかさのみや)さまを振り返りました。

彬子女王殿下臨席のもと、式典で追悼文を奏上するトルコ大国民議会のジェミル・チチェッキ議長

彬子女王殿下臨席のもと、式典で追悼文を奏上するトルコ大国民議会のジェミル・チチェッキ議長

一方、トルコ議会のジェミル・チチェッキ議長は「軍艦が沈没するような台風の中で、命がけで、救助活動をしてくれた当時の住民の勇気に感謝したい」と述べました。

式典では、両国の関係者が、次々に追悼のことばをささげ、また、慰霊碑映像の前に設けられた献花台に花を手向(たむ)けました。そして、慰霊碑の清掃活動などをボランティアで行っている大島の小中学生らおよそ60人が、半世紀ほど前から歌い継がれている追悼歌を合唱しました。

エルトゥールル号は、1890年9月16日、明治政府への親書(しんしょ)を届けた帰りの航海で、台風に遭遇し、串本町大島沖で沈没、乗組員600人近い乗組員が死亡しましたが、地元住民らが69人を救助し、献身的に介抱したことが両国の友好のきっかけになったといわれます。