駅長「たま」社葬にファン3千人、「名誉永久駅長」に(写真付)

2015年06月28日 19時06分 ニュース, 交通, 社会

わかやま電鉄貴志川線(きしがわせん)の駅長として人気を集め、今月(6月)死んだ雌(めす)の三毛猫「たま」の葬式が、きょう(28日)午後、駅長をつとめた紀の川市の貴志(きし)駅で営まれ、ファンらおよそ3千人が別れを告げ、最後の辞令として「名誉永久駅長」に任じられました。


ファンと報道陣でごった返す貴志駅前(駅長たまの社葬/6月28日)

ファンと報道陣でごった返す貴志駅前(駅長たまの社葬/6月28日)

動物駅長の火付け役として愛された「たま」は、今月22日夜、人間のおよそ80歳に相当する16歳で天国に旅立ちました。

神式で執り行われた社葬(6月28日 貴志駅にて)

神式で執り行われた社葬(6月28日 貴志駅にて)

「たま」の葬式は、きょう午後0時半からわかやま電鉄の会社としての葬儀=社葬として神式で営まれ、祭壇には羽根付きの帽子とマントをまとった写真が飾られ、献花台には多くの花束のほか、手紙やかつお節も供えられました。

駅の外に設置された祭壇にはたくさんの花やキャットフードが供えられた(6月28日 貴志駅にて)

駅の外に設置された祭壇にはたくさんの花やキャットフードが供えられた(6月28日 貴志駅にて)

2007年1月の駅長就任以来、「たま」の人気は上がる一方で、全国各地や海外にもファンを持つほどになり、肩書きも駅長から、社長代理にまで登りつめました。そして、和歌山県の観光にも大いなる貢献を果たした駅長「たま」の社葬は、飼い主の住友利子(すみとも・としこ)さんが喪主を、小嶋光信(こじま・みつのぶ)社長が葬儀委員長をつとめ、和歌山県の仁坂吉伸(にさか・よしのぶ)知事や沿線の和歌山市・紀の川市の両市長も参列しました。

小嶋社長は弔辞の中で「わかやま電鉄だけでなく、経営が厳しい地方電鉄の救世主となった」と功績をたたえ、最後の辞令「名誉永久駅長」を発令しました。仁坂知事は「県民の心にほのぼのとした温かみを与えてくれました。たま駅長の面影はいつまでも私たちの胸の中に刻まれます」と在りし日を偲びました。

弔辞を述べる仁坂知事(6月28日 貴志駅にて)

弔辞を述べる仁坂知事(6月28日 貴志駅にて)

社葬のあと、小嶋社長は、ニタマ駅長代理を抱いて現れ、「たま駅長は偉大でした。公共交通の中では伝説に残る駅長です。ニタマも哀しいと言っています」と話しました。

ニタマと共に冥福を祈る小嶋社長(6月28日 貴志駅にて)

ニタマと共に冥福を祈る小嶋社長(6月28日 貴志駅にて)

最後の別れにと貴志駅を訪れたファンらは3千人におよび、弔電も国内外から180通にのぼりました。駅の外には、70インチのモニターが2台設置され、大勢の「たまファン」が葬儀の様子を見守りました。報道陣も全国から大勢が詰めかけ、中には、中東の衛星放送局もありました。

貴志駅周辺で生まれ育ったという大阪・泉南市の磯田淑子(いそだ・よしこ)さんは「鼻炎で入院していると聞いていましたが、治ると思っていました。よく寝ていましたが、通りかかった時はぱっと起きてくれました。もっと生きてほしかったです」とたま駅長との別れを惜しみ、ドイツから三重県の大学に留学中で、生前のたま駅長の似顔絵を持って参列したアンナ・マスラウさんは「ドイツのテレビでたま駅長を見て、必ず会いに行きたいと思っていました。ドイツにも動物の駅長がいればいいのに」と話していました。

似顔絵を持参したマスラウさん(6月28日 貴志駅にて)

似顔絵を持参したマスラウさん(6月28日 貴志駅にて)

わかやま電鉄では、8月11日、貴志駅のホームにある「ねこ神社」を改装して墓を設け、「たま大明神(だいみょうじん)」としてまつる予定を明らかにしました。