津波避難の目印赤々と、広川町で稲むらの火祭り

2015年10月18日 10時44分 ニュース, 防災

江戸時代の安政南海(あんせい・なんかい)地震の際、津波からの避難の目印にするため稲わらに火を放ち、村人の命を救ったという歴史上の事実を再現する祭りがきのう(17日)、広川町で行われました。

安政南海地震は、今から161年前、江戸時代の1854年に起きました。この時、濱口梧陵(はまぐち・ごりょう)は、田んぼに積まれた稲わらに火を放って、村人を高台に避難させ、津波から命を救いました。

広川町では、この日、この歴史上の事実を再現する「稲むらの火祭り」が行われ、参加した町民らおよそ700人は、梧陵の決断と行動力を再認識し、防災への意識を新たにしました。

午後6時ごろ、たいまつを持った行列が町役場前を出発し、炎をゆらめかせながら高台にある広八幡(ひろはちまん)神社まで、当時の避難路およそ2キロを練り歩きました。

そして、梧陵の子孫の濱口道雄(はまぐち・みちお)さん72歳らが稲わらに火を放つと、一気に燃え上がり、参加者から驚きの声があがりました。濱口さんは「広川町は津波の危険もあり、祭りは防災の良い教育になる。梧陵の思いが現代まで受け継がれているのは一族としてもうれしい」と話しました。

稲むらの火祭りは、2003年から防災意識を高めることを目的に始まりました。東日本大震災や2012年の国の南海トラフ巨大地震の被害想定見直し以降、関心が高まっているということです。