南高梅誕生から50年 みなべ町で記念式典(写真付)

2015年10月29日 18時56分 ニュース

南高梅が誕生して50年となるのを記念した式典がきょう(10/29)、南高梅・発祥の地、みなべ町で開かれ、出席した関係者が半世紀の歴史を振り返り、梅産業のこれからの発展を誓っていました。

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南高梅は、1902年、旧上南部村の高田貞楠(たかだ・さだぐす)氏が、近所の人から購入して植えた梅の苗木の中に、美しい紅色に着色する大粒の梅の実がなる苗木があるのを発見し、これを大切に育てて、「高田梅」と名付け、現在の南高梅の基礎をつくりました。

そして、1950年、戦後の農業復興に際し、村にある梅の品種統一を図るため、優良な梅の品種を選ぶ委員会が発足し、5年の歳月をかけて村内各地区から集められた個体を調査しました。

その結果、梅の実の質や量の多さなどで有利性を発揮した高田梅が優良母樹に選ばれ、調査選定に深くかかわった、南部高校の竹中勝太郎(たけなか・かつたろう)氏と園芸科の生徒たちの努力に敬意を表して、南部高校を通称「南高(なんこう)」と呼んだことから、この梅を「南高梅」と命名し、種苗名称登録を出願して1965年10月29日に認可されました。

現在、「南高梅」は、みなべ町で栽培される梅の7割以上を占めていて、梅のトップブランドとして世界に知られています。

この南高梅の誕生50周年を記念した式典が、みなべ町などの主催で、きょう午前10時からみなべ町保健福祉センターで開かれ、参加した町民らおよそ150人を前に小谷芳正(こたに・よしまさ)町長が挨拶し、「先人たちの努力で、梅の産地は築かれましたが、大幅に拡大した消費量は、2002年を境に減少しています。400年続く梅産業を継承していくことが最大の責務。生産者や農協、行政が連携して取り組んでいきます」と決意を述べました。

感謝状を受けた8人の遺族ら

感謝状を受けた8人の遺族ら

この後、南高梅の誕生に尽力したとして、高田梅を発見した高田貞楠(たかだ・さだぐす)さんや、1950年当時、調査選定委員会の設置を提唱した谷本勘藏(たにもと・かんぞう)さん、選定委員会の委員長を務めた竹中勝太郎(たけなか・かつたろう)さんら8人への感謝状を、それぞれの遺族に手渡しました。

式典では、スライドで南高梅誕生の軌跡を振り返り、出席者が梅ジュースで乾杯し、産地の発展を誓いました。