米軍上陸に備えた戦跡の調査報告会 御坊市で開催(写真付)

2017年09月03日 19時32分 ニュース, 社会

太平洋戦争末期、アメリカ陸軍の本土上陸を想定して築かれた日高地方に残る戦跡を調査した結果の報告会がこのほど(8/30)、御坊市で開かれました。

講演会の様子(御坊市・日高教育会館 2017年8月30日)

これは、地元住民の協力などを得て調査している市民団体の日高平和委員会が開いたものです。

昨夜の報告会では、憲法九条を守り・いかす日高連絡会代表の谷口幸男(たにぐち・ゆきお)さんと美浜町にある三宝寺(さんぽうじ)住職の湯川逸紀(ゆかわ・いつき)さんが、美浜町の煙樹ヶ浜からアメリカ軍が上陸してくることを想定して旧陸軍が作製した「紀伊防衛部隊築城施設要図」をもとに調査した結果を報告しました。

講演する谷口さん

この中で、谷口さんは、調査の一環として、旧陸軍が駐屯していた地元の小学校に残る沿革史を調べた際、爆撃で亡くなった兵士の記載部分が切り取られていたり、軍事に関すると見られる部分が黒く塗りつぶされていたことを紹介し、「戦後、進駐したアメリカ軍に、日本軍に協力したと思われないようにするため、とった行動ではないか」と指摘しました。

講演する湯川さん

また、湯川さんは、自らが生まれ育った寺の敷地内にも地下壕やトーチカがあることを紹介し、「幸いこの地にアメリカ軍は上陸しませんでしたが、もし地上戦となっていたら、沖縄のように悲劇的な戦闘を強いられることになったのではないか」と話しました。

日高平和委員会が所有している資料には、日高地方の8つの地区に、100以上の塹壕やトーチカが構築されたことが記されていますが、これまでに調査できたのは、5つの地区で、この中には、すでにつぶれて原型をとどめていない戦跡も多く見受けられたいということです。

また、場所を確認できないところもあるということで、会のメンバーは、今後、さらに調査を続ける中で、「案内してくれる人を探したい」と話しています。