有志団体が遭難漁民救助のお礼で八丈島に石碑建立へ(写真付)

2018年05月30日 19時36分 ニュース, 社会

126年前にあった紀州のサンマ漁船団の遭難事故で、献身的な救助を行った伊豆諸島・八丈島(はちじょうじま)の島民に感謝の気持ちを示すため、和歌山県内の有志が募金を集め、ことし(2018年)10月、現地に記念の石碑を建立することになり、きょう(30日)和歌山県の仁坂吉伸(にさか・よしのぶ)知事に報告しました。

仁坂知事(前列中央右)に報告した恵中さん(前列中央左)ら一行(5月30日・和歌山県庁知事室)

石碑を建立するのは、田辺市の恵中美蔵(えなか・よしぞう)さん68歳ら、遭難した漁師の子孫らで構成する有志団体「八丈島に『感謝の碑』を建てる会」のメンバーです。

今から126年前の1892年(明治25年)12月、由良町(ゆらちょう)から新宮市(しんぐうし)にかけての700人あまりの漁師を乗せた六十数隻の漁船団が那智勝浦町(なちかつうらちょう)沖で嵐に見舞われて遭難し、229人が死亡、または行方不明となり、520人が助かりました。

このうち210人が黒潮に乗って八丈島に流れ着き、およそ1か月にわたって、島民からケガの手当てや援助を受けました。

恵中さんら「感謝の碑」を建てる会のメンバーは、八丈島に感謝の意を示す石碑を建立しようと、去年(2017年)9月から募金を呼びかけたところ、きのう(29日)までに県内外の135人から、目標額の300万円を上回る350万円あまりの募金が集まり、ことし10月23日、遭難した島民が上陸した八丈島の八重根港(やえねこう)を見下ろす高台に「和歌山県民感謝の碑」と書かれた玄武岩(げんぶがん)の石碑を建立することになったものです。

県庁の知事室で恵中さんらの報告を受けた仁坂知事は「これは大変有難いこと。県からも式典に職員を派遣したい」と応えました。

碑に刻まれる「紀州舟」の歌詞や事故の経緯など

石碑には救助された漁師たちが作った「紀州舟(きしゅうぶね)」と呼ばれる御詠歌(ごえいか)の歌詞も刻まれますが、いまでは、殆ど忘れられています。

「建てる会」会長の恵中さん

恵中さんは「『わがばっそん(末孫)よ この恩を かたりつたえよいつまでも なさけの島をわすれるな』という歌詞に込められた感謝と伝承への願いを風化させてはいけない」と訴え、10月の建立式典に向けて、建てる会のメンバーで紀州舟の歌を練習するということです。