御坊市で「東京五輪を呼んだ男」日系実業家をPR

2018年12月09日 17時31分 ニュース, 政治, 経済

1964年に東京オリンピック招致した立役者(たてやくしゃ)のひとり、アメリカ人日系2世の実業家で、2001年2月に亡くなった和田勇(わだ・いさむ)さんを、もっと知ってもらおうと、次の東京オリンピック開催が決まった今、和田さん所縁(ゆかり)の御坊市が活気づいています。

御坊市では、去年(2017年)官民一体の顕彰会が発足し、先月(11月)には、和田さんの次女でアメリカ在住のメアリー・マリコ・ロースさん77歳が初めて参加して、シンポジウムや朗読劇が開催されました。また御坊市は、JR御坊駅に横断幕を設置し、大河ドラマに取り上げられるよう働きかけるなど、2020年のオリンピックをPRしています。

和田氏さんは、アメリカ・ワシントン州生まれで、幼ないころの5年間を両親の故郷の御坊市などで過ごしました。そして、まだ反日感情が強かった1949年にアメリカのロサンゼルスで開かれた競泳の全米選手権では、故・古橋広之進(ふるはし・ひろのしん)氏ら選手団を自宅に寝泊まりさせるなど世話役を買って出て、日本選手は大活躍しました。そして東京オリンピック招致への協力要請を受けた和田さんは、祖国の戦後復興につなげたいと自費で、妻と中南米を回り、IOC(アイオーシー)=国際オリンピック委員会の各国の委員らを熱く説得して招致を実現させたことから「東京オリンピックを呼んだ男」と語り継がれています。

御坊市では、その功績を讃え、名誉市民第1号の称号をおくり、おととし(2016年)から、地元の歴史資料館に「和田勇コーナー」を開設、写真や勲章、感謝状などおよそ100点を展示しています。

顕彰会の岡本恒男(おかもと・つねお)事務局長は、「移民の苦労などを原動力に、和田氏は社会奉仕の心や人類愛に満ちていた。一国主義が世界に広がるいま、その志を伝えたい」と話しまています。